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東京地方裁判所 平成6年(ワ)15315号 判決 1997年6月26日

主文

一  被告は、原告に対し、別紙有価証券目録二記載の各株式の株券を引き渡せ。

二  被告は、原告に対し、金二〇七一万七六七一円及び内金一七〇〇万二一〇一円に対する平成六年八月一六日から、内金三七一万五五七〇円に対する平成七年二月一八日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一  被告は、原告に対し、別紙有価証券目録一記載の各株式の株券を引き渡せ。

二  被告は、原告に対し、九八八七万〇八三二円及び内金九五一三万九五二五円に対する平成六年八月一六日から、内金三七一万五五七〇円に対する平成七年二月一八日から、内金一万五七三七円に対する平成九年二月一日から、各支払済みに至るまで、それぞれ年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が証券会社である被告会社に対し、主位的に、被告会社の証券外務員鈴木を通じて行った第一群ないし第四群の取引がすべて被告会社との取引であると主張し、その証券取引契約の解約に基づいて別紙有価証券目録一記載の各株式の引渡及び精算金九八八七万〇八三二円の支払を求めると共に、予備的に、仮に被告会社の主張するとおり第二群ないし第四群の取引が鈴木の職務権限に属さなかったとしても、右鈴木の行為は被告会社の事業の執行につき行われたものであり、原告には悪意重過失がないから、被告会社には、民法七一五条の使用者責任がある旨主張し、同条に基づき、損害賠償を請求しているという事案であり、中心的争点は、(一)第一群の取引の一部について原告主張の無断取引があったか、(二)第二群ないし第四群の取引が被告会社の業務として有効に行われたか、(三)仮にそうでないとすると、鈴木の右行為が被告会社の事業の執行につき行われたものか、(四)右各取引が鈴木の職務権限に属さないことについて原告に悪意重過失があるかという点である。

一  (原告の主張)

1 被告会社との本件証券取引開始

被告会社の従業員であった鈴木雅博(以下「鈴木」という。)は、平成五年四月上旬ころ、いわゆる飛び込みによって原告方を訪問し、株式投資を勧誘した。そこで、原告は、平成五年四月二一日、青山商事の転換社債を三〇〇〇万円で購入したのを最初の取引として、それ以後、右鈴木を通じて被告会社との間で証券取引を開始した(以下「本件証券取引」という。)。

その後、平成五年一〇月上旬ころ、鈴木は、原告に対し、「今度、自分は本店のディーリングルームに所属することになったので、情報が早く入る。自分は、ディーラーポジションで取引ができる。確実に儲かる。」などと述べ、さらに株式投資を勧誘した。そこで、原告は、それまでは主に大東証券株式会社(押上支店)等を利用して株式投資を行っていたが、鈴木の右勧誘が巧みであったうえ、被告会社との数回の取引により利益が挙がっていたことから、平成五年一〇月以降は、右大東証券等に預託していた株券及び預託金等をすべて引き上げ、その大半を被告会社に預け直し、以下のとおり、鈴木の推奨銘柄を対象として投資取引を増大させた。

2 取引の種類

(一) 本件第一群取引

原告は、被告会社との間で、平成五年四月二一日以降、被告会社に開設した顧客口座(顧客名コウノタロウ・口座番号《略》)を通じた投資取引を行い、平成五年一一月以降は隔週にわたって右取引内容が記載されていた「月次報告書」の送付を被告会社から受けていた(以下「本件第一群取引」という。)。

(二) 本件第二群取引

原告は、鈴木が本店ディーリングルームで入手した情報に基づいて特に推奨した銘柄を対象として、株式等を購入したが、この取引は前記「月次報告書」には記載されず、鈴木が持参した「仮計算書」(甲二の一ないし四一)による報告を受けていた(以下「本件第二群取引」という。)。

被告会社においては、いわゆるDC(ダイレクトキャッシング)業務といって、自己又は関連する投資顧問会社の名義(例えば、ニムコ)で行う取引があり、これは会社が認めている正式な業務である。この種の取引を利用して、特定の顧客のために取引をすることがある。特定の顧客のために口座を設定することを、社内では「暗号をつくる」と称している。DC業務を行うには、本店営業部にある六つの課の課長ないし次課長が専属管理するコンピューターを通じて行う必要がある。取引を行えば記録に残るし、取引手数料も被告会社本店営業部に入る。本件第二群取引は、この種の取引として行われていた。

(三) 本件第三群取引

原告は、平成五年一二月二〇日、被告会社に対し、有価証券買付代金として二〇〇〇万円を預け入れ、これを原資とした投資取引を継続していた。この取引に関する報告書等は作成されず、原告は、各取引の都度鈴木から口頭で報告を受け、その内容を必要に応じて手帳にメモしていた(以下「本件第三群取引」という。)。

(四) 本件第四群取引

原告は、平成六年二月二五日、被告会社に対し、有価証券買付代金ないし信用保証金として二四〇〇万円を預け入れ、これを原資とした投資取引を継続していた。この取引に関する報告書等は作成されず、原告は、各取引の都度鈴木から口頭で報告を受け、その内容を必要に応じて手帳にメモしていた(以下「本件第四群取引」という。)。

原告が預け入れた二四〇〇万円は、被告会社本店の「カイフミヒコ」名義の口座(口座番号九七一九九五又は九一七九九五)に預け入れられ、一任勘定によって主にワラントの取引のために利用された。このことは、被告会社の上司も知っていた。

3 各取引の経過について

(一) 本件第一群取引の経過

(1) 本件第一群取引の経過は、別紙「取引経過一覧表(第一群)」記載のとおりである(ただし、別紙「訂正表」記載のとおり訂正する。)。右「取引経過一覧表(第一群)」のうち、「了解の有無」欄に〇印を付した取引は原告の了解を得たものであるが、×印を付した取引は原告の了解を得ないまま鈴木が独断で行ったものである。なお、原告が了解していなかった取引のうち、同表の「追認の有無」欄に〇印を付したものについては、原告が本件訴訟において追認する。追認しない東日本旅客鉄道株式会社の株式及び京成電鉄株式会社の株式の詳細は、次の(2)項及び(3)項のとおりである。

(2) 東日本旅客鉄道の株式取引について

ア 原告は、平成五年一〇月下旬、東日本旅客鉄道の株式を五〇株ずつ相次いで購入し、同社の株式合計一〇〇株を被告会社に預け入れた。

イ さらに、原告は、平成五年一二月二日、他の証券会社を通じて購入した東日本旅客鉄道の株式五株を被告会社に預け入れた。

ウ 「月次報告書」によると、原告が平成五年一一月一五日に東日本旅客鉄道の株式五〇株を引き出したことになっているが、原告が右株式の返還を受けた事実はない。

また、口座元帳によると、平成五年一二月二日にも原告が同銘柄の株式四〇株の返還を受け、同日、一〇株及び三〇株に分けて預け直したことになっているが、これも原告は知らない。このような被告会社内の処理は、平成五年一二月二〇日、同月二一日、同月二七日、平成六年一月六日及び同月一五日にも行われているが、原告は関知していない。

エ 以上の次第で、原告が被告会社に預け入れている東日本旅客鉄道の株式は、合計一〇五株である。

(3) 京成電鉄の株式取引について

ア 平成六年六月一五日付け「月次報告書」の「信用取引」欄には、原告が同年六月一日に手仕舞いした京成電鉄株合計二万株(受渡日・同月六日)の信用取引によって、原告に合計金三三九万五二八六円の差損が生じた旨の報告がある。

イ 右取引のうち八〇〇〇株及び二〇〇〇株については、それぞれ平成五年一二月九日に信用取引として売却した取引に基づくものであり、残りの一万株については、同年一二月二四日に信用取引として売却した取引に基づくものとされている。しかし、これらの取引は、いずれも鈴木が原告に対し、無断取引であったことを率直に認め、その差損については原告に負担させないような手筈を整える旨明言していたものであり、原告はこれらを追認しない。

(4) シュローダーワールドエマージングオープンコースについて

原告は、シュローダーワールドエマージングオープンコース(投資信託)四八〇万一〇九九口を購入したが、平成七年二月一七日、被告会社に対し、右投資信託を換金するよう指示した。右換金指示時点での右投資信託の時価は一万口につき七七三九円であったから、被告は原告に対し、右投資信託の評価額三七一万五五七〇円及びこれに対する平成七年二月一八日から支払済みに至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

また、右投資信託は、その後の配当により四八二万一八〇六口に増加しており、増加分二万〇七〇七口について原告は平成九年一月三一日ころ換金を申し入れており、そのころの時価は一万口につき七六〇〇円であったから、被告会社には原告に対し右増加分の評価額一五七三七円及びこれに対する平成九年二月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

(5) 被告会社が保護預かりしていた東邦亜鉛株式会社の外貨建ワラント(一〇〇〇ワラント)が売却され、右売却代金が原告の預かり口座に入金されたので、右原告の口座の残高は、平成八年一二月三〇日の時点で一二八六万〇三〇一円となった。

(二) 本件第二群取引の経過

(1) 原告は、平成五年一一月九日ころから、鈴木の推奨により、各種銘柄の取引を行ったが、この取引による差益金は、鈴木が原告方に持参した「仮計算書」(甲三はまとめの株式取引明細表)によれば、次のとおり、合計四〇九〇万二三一〇円となる。

平成五年一一月分 四五九万七六一一円

平成五年一二月分 五二四万〇六一四円

平成六年一月分 九五九万一一二四円

平成六年二月分 七八九万七八三三円

平成六年三月分 八八七万七六三三円

平成六年四月分 三〇七万七〇四五円

平成六年五月分 一六二万〇四五〇円

合計四〇九〇万二三一〇円

(2) 右金員は、現在も未払である。

(三) 本件第三群取引の経過

(1) 原告は、二〇〇〇万円を預けた平成五年一二月二〇日ころから、鈴木の推奨により、各種銘柄の取引を行った。

(2) 鈴木は、平成六年一月中旬ころ、原告に対し、右二〇〇〇万円は取引による利益が加算されて二三一八万四五七〇円になったと報告し、右金員を平成六年四月一一日に原告の口座に振込入金する旨約束したが、現在まで入金がない。

(四) 本件第四群取引の経過

(1) 原告は、二四〇〇万円を預けた平成六年二月二五日ころから、鈴木の推奨により、各種銘柄の取引を行った。

(2) 鈴木は、平成六年三月下旬ころ、原告に対し、右二四〇〇万円は取引による利益が加算されて三〇六五万五二五八円になったと報告し、右金員を平成六年四月一五日に原告の口座に振込入金する旨約束したが、現在まで入金がない。

4 本件証券取引契約の解約

原告は、本件訴訟提起前に、本件証券取引契約を解約する旨の意思表示をし、信用取引保証金、預かり金、保護預かりの有価証券及び差益金の返還を求めた。

5 被告会社の使用者責任(予備的請求原因)

(一) 鈴木の違法行為

鈴木は、真実は被告会社の本店ディーリングルームに配属されていないにもかかわらず、配属されたと偽って原告に株式取引を勧誘した。また、鈴木は、「確実に儲かる」などと述べ、証券取引法五〇条一項一号及び二号によって禁止されている断定的な情報を提供し、さらに原告が預けた金員につき利益が挙がっているかのように虚偽の事実を述べた。したがって、鈴木には、原告に対する詐欺の不法行為が成立する。

(二) 事業執行性

被告会社主張のとおり、仮に本件第二群ないし第四群取引が鈴木の職務権限に属しない取引であったとしても、右取引はその外形から見て被告会社の「事業の執行につき」(民法七一五条)行われたものである。

(三) 原告の悪意重過失の不存在

そして、次のような諸事情に照らすと、本件第二群ないし第四群取引が鈴木の職務権限に属さないことについて原告には悪意重過失がないというべきである。

(1) 原告は、鈴木が日本有数の証券会社である被告会社の本店の営業マンであるうえ、被告会社の本店営業部長である森山治彦がわざわざ原告方を訪れて直々に右鈴木を推奨したため、右鈴木を信用した。

(2) 原告に交付された仮計算書及び入金票は、被告会社が通常の業務に利用している用紙を用いて作成されている。

(3) 原告と鈴木との連絡は、鈴木の勤務時間帯に行われていた。また、右連絡には、被告会社の電話及びファックスが利用されていた。

(4) 本件第二群ないし第四群取引は、被告会社が正規の取引であったことを認めている本件第一群取引と時期的に重なっており、同一の担当者鈴木によって行われていた。

(5) 鈴木は、平成六年五月一九日に原告宛に送付したファックスにおいて、本件第二群ないし第四群取引による差益金のことを「営業体現金」と表現しており、営業外の金員とは記載していない。

(6) 被告会社は違法な勧誘を半分以上にわたって繰り返していた鈴木の行動を監視する責任を怠っていたものであり、その監督責任の重大さに比べれば、被告会社の指摘するような原告の落ち度は取るに足りない。

(四) 原告の損害

鈴木の違法な勧誘がなければ、原告は、本件第二群ないし第四群取引の合計精算金七四七四万二一三八円を取得できたはずであるから、鈴木の不法行為によって右同額の損害を受けた。

6 原告の請求のまとめ

以上により、原告は、被告会社に対し、主位的には本件証券取引契約に基づき、本件第一群取引による有価証券返還分として別紙有価証券目録一記載の株式の株券引渡しを求めると共に、本件第一ないし第四群取引による精算金分として、次の(一)ないし(四)の合計金九八八七万〇八三二円及びこれに対する平成六年八月一六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的には民法七一五条の使用者責任に基づき、次の(二)ないし(四)の合計金七四七四万二一三八円の支払を求める。

(一) 本件第一群取引

合計二四一二万八六九四円

(1) 信用取引保証金

四一四万一八〇〇円

(2) 預かり金 一六二五万五五八七円

(3) シュローダーワールドエマージングオープンコース(投資信託)

三七三万一三〇七円

(二) 本件第二群取引

四〇九〇万二三一〇円

(三) 本件第三群取引

三一八万四五七〇円

(四) 本件第四群取引

三〇六五万五二五八円

二  (被告会社の主張)

1 原告との証券取引開始の経過等について

原告が被告本店営業部に口座を開設したのは、平成五年四月一六日である。また、原告と被告との最初の取引(平成五年四月二一日・青山商事転換社債の買付)を担当したのは、当時の被告会社本店営業部の藤永竜也である。鈴木は前任者である右藤永から引継ぎを受けて、原告の担当者となった。

鈴木は、被告会社本店のディーリングルームに配属されたことはない。また、鈴木は、平成六年七月一日付けで、被告会社を懲戒解雇になっている。

2 本件第一群取引の経過について

(一) 「月次報告書」の送付による承認

被告会社は、原告に対し、平成五年一一月一五日を作成基準日とするものから、毎月一回又は二回、月次報告書を送付しているが、原告は、無断取引であったと主張する取引等が記載されていた月次報告書に対しても、何ら異議を述べず、被告会社に対し、その取引内容を承認する旨の回答書を差し入れている。したがって、東日本旅客鉄道株式会社と京成電鉄株についても、無断取引ではなく、原告の承諾に基づくことが明らかである。

(二) 原告名義口座の残高

被告会社本店営業部の原告名義口座における信用取引保証金の残高は、四一四万一八〇〇円である。

(三) 保護預かりの有価証券

被告会社は、本店営業部の原告名義口座において、現在、東日本旅客鉄道株五五株、株式会社きもと株二〇〇〇株、エッチエスビーシーホールディングス株六四〇〇株及びシュローダーワールドエマージングオープンコース(投資信託)四八〇万一〇九九口(四八一万一八〇六口ではない。)を保護預かりしている。

3 本件第二群ないし第四群取引の不存在

(一) 原告と被告会社との間には、本件第二群ないし第四群取引は存在しない。仮に、原告主張のような取引があったとすれば、それは原告と鈴木の間の個人的な取引である。

(二) なお、原告は、被告会社に対し、平成五年一二月二〇日ころ、金二〇〇〇万円を預け入れ、これを原資として、本件第三群取引を行ったと主張するが、右二〇〇〇万円は、本件第一群取引に関し、被告会社本店営業部の原告名義の口座に入金されたものである。

(三) また、原告は、被告会社に対し、平成六年二月二五日ころ、金二四〇〇万円を預け入れ、これを原資として、本件第四群取引を行ったと主張するが、被告会社が、原告から、右金二四〇〇万円を受け取ったという事実はない。原告主張のように「カイフミヒコ」の口座に入金されたという事実もない。

4 民法七一五条の事業執行性の欠如及び原告の悪意重過失

以下の(一)ないし(六)の諸事情に鑑みれば、原告主張の本件第二群ないし第四群取引に関する鈴木の行為は、被告会社の事業の執行につきなされたものではない。また、少なくとも、原告は、鈴木の行為が、鈴木の職務権限内において適法になされたものではないことを認識していたか、又は認識していないことについて重大な過失があり、被告会社には民法七一五条の使用者責任がない。

(一) 取引口座を利用しない取引

証券会社が取引口座外において取引、決済等をすることはあり得ないから、証券会社の外務員が顧客の取引口座外において当該顧客と証券取引をする行為は、およそ証券会社又は証券外務員の営業の範囲には属しない。

(二) 取引報告書の欠如等

証券会社は、証券取引法四八条、二〇五条七号により、証券の売買取引の成立の都度、大蔵省令(証券会社に関する省令三条)で定められた事項を記載した取引報告書を作成して遅滞なく顧客に交付することを義務づけられており、このような取引報告書に代えて、原告主張のような「仮計算書」を交付することは、到底あり得ない。また、証券会社は、月次報告書を交付している顧客については、毎月一回以上、月次報告書により、顧客に対する債権債務の残高について報告する義務を負っており(日本証券業協会公正慣習規則六、有価証券等の寄託の受入れ等に関する規則一七条一項一号。)、月次報告書による残高の報告をしない取引、あるいは、月次報告書にその残高を記載しない取引を行うことはあり得ない。

(三) 原告からの回答書の送付

被告会社は、原告に対し、平成五年一一月以降、月一回以上、月次報告書を送付し、原告から委託を受けて行った一切の取引の明細、原告との入出金の明細及び原告から保護預かりを受けている預かり証券の明細等を報告し、その報告に相違ないかどうかにつき回答を求めていたものであるが、原告が本件第二群ないし第四群取引を被告会社との間の正規な取引と考えていたのであれば、その月次報告書が送付されず、あるいは、月次報告書にその取引に関する記載が一切なく、また、これに対する回答を求められないことについて当然に不審の念を抱き、被告会社に問い合わせをするはずであるが、原告は、何らの問い合わせ等をしていないばかりか、被告から送付された月次報告書に対し、その内容に相違ない旨の回答書を被告会社に差し入れていたものである(なお、各回答書は、「お預かり明細のお知らせ」と同一内容になっている)。

(四) 入金票交付の異常さ

原告は、本件第四群取引に関し、平成六年二月二五日に、金二四〇〇万円を交付した際に、鈴木から入金票(控)を受け取ったと主張する。しかし、この入金票(控)は、被告会社の社内限りで使用する入金票であって、顧客宛の正規の文書ではない。他方、被告会社は、原告から金二〇〇〇万円を受領した際には、正規の受領証を交付しているのであるから、右入金票と受領証を比較対照すれば、入金票が顧客宛の正規の文書ではないことは一見して明らかである。

(五) 原告の証券取引に関する豊富な知識・経験

原告は、被告会社のほか、多数の証券会社との間で証券取引を行い、豊富な知識及び経験を有していたのであるから、前記のような取引口座外の取引であること、取引報告書の欠如又は仮計算書及び入金票の不自然さなどに照らし、鈴木の行為が職務権限に属さない取引であったことに容易に気づいたものと推認され、通常の顧客以上に悪意重過失が強く推認される。

(六) 個人的取引であることを自認していた原告の従前の対応

(1) 被告会社本店営業部森山治彦部長が平成六年二月ころから何度も原告方を訪れ、鈴木に問題はないかと尋ねたのに対し、原告は何ら問題がない旨答え、本件第二群ないし第四群取引には一切言及しなかった。

(2) 平成六年五月二四日ころ、右森山及び被告会社本店営業総務部園田征夫部長が原告方を訪問した際、原告は、「鈴木との問で個人取引をしている。鈴木から、『有利な運用で利益を上げられる投資グループ的なものを知っているから、その一員になってほしい。四人程のグループで、私は全体で三〇億円位の金を動かせる。これは特別な、営業外でやっていることだから、誰にも、会社にも言わないで下さい。会社からの問い合わせに対しては、知らないと言っておいて下さい。上司の森山部長にわかると、お金が返ってこなくなる可能性があります。』と言われていた。」旨述べていた。

第三  争点に対する判断

一  本件第一群取引について

1 無断取引の主張について

原告が平成五年四月一六日に被告会社本店営業部内に開設した取引口座(顧客名コウノタロウ・口座番号《略》)を通じて行った取引が原告と被告会社との間の正規の取引であったことについては、当事者間に争いがないところ、その取引明細の一部については原告が鈴木による無断取引であった旨主張するので、この点について判断するに、《証拠略》によれば、以下の(一)ないし(五)のとおり、認められる。

(一) 原告は、平成五年四月一六日ころ、被告会社本店営業部の藤永竜也の訪問を受け(総合取引申込書の最上部「扱者」欄番号「11」、森山証言二三頁、二四頁)、同月一六日前記取引口座を開設し、同月二一日に青山商事の転換社債の買付注文をした。

(二) その後、平成五年六月ころ、被告会社本店営業部に配属された鈴木が前任者である右藤永から引継ぎを受け、平成六年二月二一日ころ飯塚に担当者が変更されるまで、原告の担当者となった。

(三) 被告会社は、原告に対し、平成五年一一月一五日を作成基準日とした月次報告書を最初として、それ以降毎月一回又は二回、月次報告書を送付しており、原告は、原告主張の無断取引が記載されていた月次報告書に対しても、その内容を承認する旨の回答書を被告会社に返送し、何らの苦情も申し出ていなかった。

(四) 東日本旅客鉄道株の取引について

原告は、平成五年一〇月二六日、東日本旅客鉄道株五〇株(単価六〇万円)を買い付け、さらに、同月二九日、同株五〇株(単価五二万円)を買い付けた。その後、平成五年一一月一五日、被告会社は、原告に対し、同株五〇株の本券を返却した。その際、原告は、受領証に署名捺印し、これを被告会社に差し入れた。また、保護預かりとなっていた残りの五〇株のうち、一〇株については、同年一一月三〇日までに信用取引保証金代用有価証券となった。そして、原告は、右取引経過が記載されている月次報告書に対しても、その内容を承認する旨の回答書を差し入れている(甲一の二の「現物取引」欄及び保護預かり口の残高」欄、乙八の二の「保護預かり口の残高」欄)。

また、平成五年一二月二日、被告会社は、原告から、東日本旅客鉄道株五株を保護預かりし、それまで保護預かりとなっていた東日本旅客鉄道株四〇株のうち、一〇株を信用取引保証金代用有価証券としての預託に切り替え、その旨月次報告書によって原告に報告した。これに対して、原告は、右切替を承認する旨の回答書を差し入れた。

右によれば、被告会社が、現在、原告名義の口座において保護預かりしている東日本旅客鉄道株は、合計で五五株であるものと認められる。

これに対し、原告は、「東日本旅客鉄道株五〇株の返却を受けたことはなく、残りの株式五五株のうち二〇株が信用取引保証金代用有価証券に切り替えられたことも知らない。」旨主張・供述するが、右の月次報告書及び回答書等の経過に照らし、たやすく採用することができない。また、原告は、平成七年七月一八日に鈴木から受けた説明に従って、東日本旅客鉄道株五〇株が現在被告会社本店の「カイフミヒコ」名義の口座に預け入れられている旨主張するが、「カイフミヒコ」名義の口座においては、東日本旅客鉄道株 (銘柄コード「九〇二〇」)が預け入れられたという事実は存在せず、鈴木の原告に対する右説明は虚偽であったものと認められる。

(五) 京成電鉄株について

原告は、平成五年一二月九日に京成電鉄株一万株を、同月二四日に同株一万株を、それぞれ信用取引により売り付け、平成六年六月一日に同株二万株を買決済した。

被告会社は、原告に対し、右京成電鉄株合計二万株の信用取引による売付けを記載した月次報告書(平成五年一二月九日の売付けにつき甲一の三、同月二四日の売付けにつき甲一の四)を送付し、これに対して、原告は、その内容を承認する旨の回答書を差し入れている。また、右各取引は、その後の月次報告書にも記載されているところ、原告は、被告会社に対し、それらの内容を承認する旨の回答書を差し入れている。したがって、鈴木が右各取引を無断で行った旨の原告の主張は、たやすく採用することができず、右各取引は原告の承認に基づくものと認められる。

(六) 以上によれば、別紙「取引経過一覧表(第一群)」のうち、「了解の有無」欄に×印を付してある取引が鈴木の無断取引であった旨の原告の主張・供述は、たやすく採用することができず、右取引はすべて原告の承認に基づくものであったと認めるのが相当である。

2 原告名義の取引口座の残高金員

(1) 本店営業部の原告名義の口座にある信用取引保証金の残高金は四一四万一八〇〇円であることが認められる。

(2) また、右口座の預かり金の現在高は、一二八六万〇三〇一円であると認められる。

3 保護預かりの有価証券

被告会社は、本店営業部の原告名義の口座において、現在東日本旅客鉄道株五五株、株式会社きもと株二〇〇〇株、エッチエスビーシーホールディングス株六四〇〇株及びシュローダーワールドエマージングオープンコース(投資信託・信託満了日平成二〇年一二月二一日)四八二万一八〇六口を保護預かりしていることが認められる。

4 原告による本件証券取引契約の解約

原告が被告会社に対し本件訴訟提起前に本件証券取引契約を解約する旨の意思表示を行い、本件口座の預かり金及び信用委託保証金のほか、保護預かりとなっている有価証券の返還を求めたことは、当事者間に争いがない。

また、原告が平成五年一二月二〇日ころ第三群取引の原資として預けたという二〇〇〇万円が本件第一群取引の原告名義の口座に入金されたものであることが認められるから、それらによって購入したシュローダーワールドエマージングオープンコース(投資信託)は原告の所有であると認められるところ、原告が平成七年二月一七日に右シュローダーワールドエマージングオープンコース(投資信託)の換金を指示したことは当裁判所に顕著であるから、被告会社は、平成六年六月二〇日以降、顧客である原告の換金指示に基づき、右投資信託を換金してこれを引き渡すべき契約上の義務があるものと解される。そして、平成七年二月一七日当時の右投資信託の評価額は三七一万五五七〇円であるから、被告会社には、原告に対し、右三七一万五五七〇円及びこれに対する平成七年二月一八日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

なお、原告は、その後の右投資信託の配当による増加分についても請求しているが、原告の指示に基づく換金が行われた場合の精算金とその遅延損害金は右のとおりであり、それ以上に右増加分の損害賠償を求めることはできない。

5 本件第一群取引の解約による被告会社の返還義務

以上によれば、被告会社は、原告に対し、本件第一群取引についての預かり金一二八六万〇三〇一円、信用取引保証金四一四万一八〇〇円及びシュローダーワールドエマージングオープンコース(投資信託)の換金分三七一万五五七〇円の合計二〇七一万七六七一円並びに内金一七〇〇万二一〇一円に対する平成六年八月一六日から、内金三七一万五五七〇円に対する平成七年二月一八日から、各支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払義務があるほか、保護預かりしている別紙有価証券目録二記載の各株式の株券の引渡義務がある。

二  本件第二群ないし第四群取引の職務権限該当性

1 《証拠略》によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 原告は、平成五年一〇月上旬ころ、鈴木から、『今度、自分は本店のディーリングルームに所属することになったので、情報が早く入る。自分は、ディーラーポジションで取引ができる。確実に儲かる。』旨誘われ、本件第二群ないし第四群取引を始めた。

しかし、実際には、鈴木が被告会社本店のディーリングルームに配属されたことはなく、同人は、平成六年五月までは本店営業部営業課に所属し、同年六月からは本店業務管理部口座管理課に配属されていた(なお、鈴木は、同年七月一日付けをもって被告会社から懲戒解雇されている)。

(二) ところで、証券会社は、顧客から委託を受けて市場等において顧客のために自己の名において有価証券の売買を行うものであり、商法のいう「問屋」であるから、一般的には、原告(顧客)から個々の注文を受けて、その注文に応じて市場等において被告会社による取引を行うのが正規の取引であるところ、原告主張の本件第二群ないし第四群取引については、そのいずれについても原告からの具体的な取引の主張立証がなく、被告会社内においてもそれに該当するような取引記録は存在していない。

(三) また、被告会社は、部店で顧客から取引申込書の提出を受け、口座番号を付して取引口座を開設した場合には、当該部店における当該顧客との取引は、当該口座を通じて行っており、一般的には、取引口座外において取引及び決済等をしていないところ、本件第二群ないし第四群取引は、いずれも取引口座によらない取引である。

(四) 証券会社は、証券取引法四八条、二〇五条七号により、証券の売買取引の成立の都度、大蔵省令(証券会社に関する省令三条)で定められた事項を記載した取引報告書を作成して遅滞なく顧客に交付することを義務づけられており、その記載事項は、自己売買と委託売買の区別、売付け又は買付けの別、取引の種類、顧客名、約定月日、銘柄名、数量、単価、金額、手数料、取引税額、営業所名等と定められているのであって(証券会社に関する省令第三条)、このような取引報告書に代えて、原告主張の「仮計算書」という文書を交付することはないところ、本件第二群ないし第四群取引は、いずれも右取引報告書の作成及び報告がない。

(五) 原告は、「平成五年一二月二〇日ころ、被告会社に対して金二〇〇〇万円を預け入れ、これを原資として、本件第三群取引を行った。」旨主張するが、右二〇〇〇万円は、本件第一群取引に関し、被告会社本店営業部の原告名義の口座に入金されたものであると認められ、原告主張の入金が被告会社内で行われたことを認めるに足りる証拠がない。

(六) また、原告は、「平成六年二月二五日ころ、被告会社に対し、金二四〇〇万円を預け入れ、これを原資として、本件第四群取引を行った。」旨主張するが、被告会社内においては、原告から右金二四〇〇万円を受け取ったという取引記録が存在していない。なお、原告は、本件訴訟提起後の平成七年一〇月五日に原告訴訟代理人法律事務所において鈴木と面談し、その席で行われた鈴木の説明に従って、「右二四〇〇万円は、被告本店の『カイフミヒコ』名義の口座に預け入れられ、主としてワラントの取引のために利用された。」旨主張するが、平成六年二月二五日ころ右「カイフミヒコ」名義の口座に二四〇〇万円が入金されたという事実はなく、その後においても、二四〇〇万円の入金の事実は認められない。また、「カイフミヒコ」名義の口座において、原告が主張するようなワラント取引は、一度も行われていない。

2 以上の認定及び説示によれば、原告主張の本件第二群ないし第四群取引は、いずれも被告会社における鈴木の職務権限の範囲内には属しない取引であったものと認められる。したがって、原告の本件第二群ないし第四群取引に関する主位的請求原因は理由がない。

三  本件第二群ないし第四群取引の鈴木の行為の事業執行性について

次に、原告が予備的請求として民法七一五条の使用者責任を主張しているので、まず、本件第二群ないし第四群取引に関する鈴木の行為が被告会社の事業の執行につき行われたものかどうかについて検討する。

前記認定のとおり、鈴木は、平成六年五月までは被告会社の本店営業部営業課に所属し、原告との証券取引を担当する証券外務員であった。そして、鈴木の本件第二群ないし第四群取引に関する行為も証券取引であり、原告と鈴木との連絡が鈴木の勤務時間帯に行われ、右両者の連絡には、被告会社内の電話及びファックスが利用されていた。したがって、鈴木の行為は、客観的・外形的に見て、証券会社である被告会社の事業の執行につき行われたものと認めるのが相当である。

四  原告の悪意重過失の有無について

1 《証拠略》によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 取引口座を利用しない取引

前記のとおり、証券会社である被告会社は、部店において顧客から取引申込書の提出を受け、口座番号を付して取引口座を開設した場合には、当該部店における当該顧客との取引をすべて当該口座を利用して行っており、取引口座外において取引及び決済等を行う取扱いをしていない。

(二) 月次報告書における取引の記載の欠如及び回答書による承認

被告会社は、原告に対し、平成五年一一月以降、月一回以上、月次報告書を送付し、原告より委託を受けた取引の明細、原告との入出金の明細及び原告から預かっている証券の明細等を報告し、それらの報告に相違ないかどうかについて回答を求めていた。したがって、原告が本件第二群ないし第四群取引を被告会社との間の正規な取引と考えていたのであれば、月次報告書にそれらの取引に関する記載が一切ないことについて、被告会社に対して問い合わせをするはずであるが、原告は、何らの問い合わせもしていないうえ、本件第一群取引だけが記載されている月次報告書に対し、その内容に相違ない旨の回答書を差し入れている。

(三) 入金票の不自然さ

原告は、本件第四群取引に関し、平成六年二月二五日に、金二四〇〇万円を交付した際に、鈴木から入金票(控)を受け取ったと主張する。しかし、この入金票(控)は、被告会社の社内限りで使用する入金票であって、顧客宛の正規の文書ではないため、「お預かりいたしました」、「受領いたしました」などの受領文言がなく、社名、支店名の記載もなく、社印の押印もなく、作成年月日についても「月日」の記載はあるものの、「年」の記載はない。他方、被告会社が原告から第一群取引に関して二〇〇〇万円を受領した際に交付した正規の受領証には、被告会社の社名、社印、宛名、作成年月日、及び「受領いたしました」との文言が記載されている。

(四) 原告の地位及び証券取引の豊富な経験等

(1) 原告(昭和一三年生まれ)は、昭和四四年に財布等の皮革製品の製造販売を主な業とする株式会社乙山を設立し、その代表取締役を務めている。右会社の従業員数は、関連会社も含めて約八〇名であり、その年間売上額は約二四億円に達している。

そして、平成五年四月に原告が被告会社本店と取引を開始した際の原告の申告によれば、原告の年収額は、約三〇〇〇万円から五〇〇〇万円の間であり、金融資産の額は約一億円から約一〇億円の間であり、資金の性格は余裕資金であった。

(2) 原告の証券取引の豊富な経験

原告は、被告会社との間で、次のアないしウ記載のとおり、長年にわたって、証券取引を継続していた。

ア 被告会社上野支店との間の取引

取引開始日 昭和六二年五月八日

投資対象 転換社債

イ 被告会社千住支店との間の取引

取引開始日 昭和六二年六月三〇日ころ

投資対象 株式(現物取引)、転換社債

ウ 被告会社本店との間の取引

取引開始日 平成五年四月二一日

投資対象 株式(現物取引、信用取引)、外国株式、転換社債証券投資信託、ワラント

(3) 原告は、右被告会社との取引以外にも、次のとおり、約二〇年前から他の証券会社との間で、繰り返し証券取引を行っていた。

ア 大和証券本店(平成五年一二月一四日口座開設)

イ 大和証券浅草支店

ウ 国際証券日本橋支店

エ 国際証券同浅草支店

オ 大東証券押上支店(平成五年の約一〇年以上前から取引継続)

(4) このように、原告は、証券取引について豊富な知識及び経験を有していたのであるから、取引口座外の取引であって月次報告書にも記載されないような本件第二群ないし第四群取引が鈴木の職務権限の範囲内に属しないことを容易に認識できたものと推認される。

(五) 原告が本件訴訟前に個人的取引であったことを認めていたこと

(1) 被告本店営業部森山治彦部長は、平成六年二月初旬ころ、鈴木の父親から「日伝株六万五〇〇〇株を鈴木に貸しているが、それが返って来ない。」旨の連絡を受けたため、当時休暇中であった鈴木による株券の流用を疑い、鈴木の主要顧客を訪問することとし、同年二月九日及び四月一五日に、原告を訪問し、原告に対し、「鈴木の行為に関して何か問題はありませんか。何か問題があったら言ってください。」などと問い合わせをしていたが、原告は、その都度、「何も問題はない。鈴木君は、頑張ってやってくれている。」旨述べていた。したがって、原告はそのような質問を森山から最初に受けた右二月九日の後である同月二五日に本件第四群取引の原資であるという二四〇〇万円を鈴木に預けていたことになる。

なお、二月二一日には飯塚課長が原告を訪れ、鈴木に代わって原告の担当者となった旨を挨拶し、右森山と同様の問い合わせをしたが、原告からは何の申出もなく、本件第一群取引だけが記載された報告書を承認する旨の同日付け回答書を原告から受領した。

(2) また、森山は、平成六年五月二三日、原告を訪問し、原告に対し、「やはり、鈴木の行為に関して何か問題があるのではありませんか。鈴木との間で簿外の取引等ありませんか。何かあるなら言ってください。」などと尋ねたが、その際、原告は、森山に対し、「一日くらい待ってくれ。鈴木と約束したことがある。表面化させたくない。これは、私と鈴木との個人的な問題だから、話すのはもう少し待ってくれ。」などと述べていた。

(3) 平成六年五月二四日ころ、森山及び被告本店営業総務部園田征夫部長は、原告を訪問し、原告に対し、「昨日、社長が言われた鈴木との個人的な問題というのはどういうことですか。具体的に言ってください。」などと述べたところ、原告は、次のとおり述べた。

ア 鈴木との個人的な問題というのは、営業外の取引のことである。

イ 鈴木との個人的な問題だから、被告会社に対しては、二五日までは言わないつもりだった。

ウ 営業外で鈴木に金を預けた。また、その金は、被告会社に預けている口座以外の分である。

エ 鈴木から、五月二四日に東芝ケミカル株の本券と現金を、五月二五日にも現金を、それぞれ返してもらうことになっている。

オ 鈴木からは、「有利な運用で利益を上げられる投資グループ的なものを知っているから、その一員になってください。四人程のグループで、私は全体で三〇億円位の金を動かせます。そのメンバーの一人が甲野さんです。」と言われていた。

なお、右投資グループの存在については、原告提出の日程表に「投資組合」という記載があり、右原告の説明を裏付けている。

カ 鈴木からは、「これは特別な、営業外でやっていることだから、誰にも、会社にも言わないで下さい。会社からの問い合わせに対しては、『知らない』と言っておいて下さい。上司の森山部長にわかると、お金が返ってこなくなる可能性があります。」と言われていた。

キ 亡くなった弟(乙山次郎)からは、「鈴木がやっていることは、おかしい。信用するな。」と言われており、自分もおかしいとは思っていた。

なお、右面談の際、森山及び園田は、鈴木が署名押印した原告宛ての書面の写しを交付しているが、同書面には、「甲野太郎殿

今回個人的な取引により、有価証券代用の差しかえとして、金 を五月一〇日にお渡しすることを私鈴木雅博がここに保証いたします。現金は私が持参いたします。平成六年五月六日 鈴木雅博」と記載されていた。

(4) 平成六年五月二五日ころ、森山及び園田は、再び、原告方を訪問し、原告と面談したが、その際、原告は、森山及び園田に対し、次のように述べていた。

ア 鈴木の話では、「有利な運用がある。投資組合で運用していく。」とのことだった。

イ 鈴木は、「(鈴木に預けた)金が、四七〇〇万円になっています。」と話していた。これは、営業外の分だ。

ウ 鈴木は、「さらに、四七〇〇万円とは別に、営業外の取引で四〇九〇万二三一〇円の利益が上がっているようになっている。」とも話していた。

エ 買い付けたJR株が値下がりして、さあ、困っちゃったな。なにか株で稼ぐ方法ないかしらというときに、鈴木から、そういう危ない話が起きてきた。こっちにすれば、こんなに損をしてしまっているからね、何とか元をとりたいというのが人間の心理だと思う。

また、右の際、森山が、原告に対し、「鈴木は、営業体、本体の方とは別途に取引をやろうと言ったのですか。」などと尋ねたところ、原告は、森山に対し、「本当のことを言ったらば、そんなのには関係なくて、私としてみれば普通に入って普通に判る訳だよね。いろいろ取引しているから判る訳。ところが、彼が言うには、これはディーリングルームという事で、全然正直なところ言って営業体とは違うものなんだと。だからこういうふうな表示の仕方とかは一切できないから、今後伝票を別個に出せば判るようにします。社長判ってもらえますかと言うから、まあ疑っていなかったからね。」などと述べた。

また、園田が、原告に対し、「営業外でやっている取引というのは、やはり、鈴木は、相当有利な運用をするということで社長に話しているんですか。」などと尋ねたところ、原告は、「うん。そうです。」などと述べていた。

さらに、右の際、原告は、森山及び園田に対し、「飯塚さんからは、鈴木の行動について何か問題はないか、と聴かれていたけれども、鈴木が、『ご迷惑かけたことは事実だから個人的なあれでもって必ずしますから。この件はあまり外には言わないでくれ。』というから、俺だって、飯塚さんに、『うーんとちょっと待ってくれ。』と言っていたんだ。」などと述べた。

そして、その際、原告は、「私が、平成五年一二月三一日時点の損益を出してくれと言ったところ、鈴木は、出します、出しますと言って、出さなかった。こっちは儲かっていると思うから、金も見ないうちから、ついつい嬉しくなってやっていたというのが現状だ。それは、私にも悪い点はあると思う。」などと話していた。

(5) その後、平成六年六月一三日ころ、森山及び園田が、原告を訪問した際、原告は、園田に対し、「鈴木は、『もし万一、社長にご迷惑をかけるようなことがあったときは、私の実家が全部払います。』と言って、奈良の自宅の電話番号まで教えてくれた。」などと述べていた。

(6) さらに、平成六年六月二四日ころ、森山及び園田が原告を訪問し、原告及びその弟(亡甲野次郎)の妻と面談したが、弟の妻は、「主人は、最初から、鈴木のやっていることはおかしいと言っていた。また、主人は、『兄と鈴木のやっていることは違法だ。自分はやらない。』とも言っていた。」などと話していた。

(六)本件第二ないし第四群取引以外の鈴木と原告間の不明朗な金銭授受

原告は、鈴木に対し、本件第二群ないし第四群取引以外にも数回にわたって数百万円単位の金員を預けており、証券取引による利益として鈴木から右同額程度の金員を受領していた。

(七) 原告は、鈴木から送付されたファックスに「営業体現金」という記載があることをもって本件第二群ないし第四群取引が正規の取引であることを鈴木が認識し、原告がこれを信じた証拠である旨主張するが、右記載は正規の取引である本件第一群取引についての記載である可能性があり、右記載の右に「100」と記載したのは原告自身であることに照らしても、右記載をもって原告主張のような証拠であると解することはできない。

2 当裁判所の判断

前項のとおり、(一)本件第二群ないし第四群取引が取引口座を利用しない取引であること、(二)月次報告書における右各取引の記載の欠如及び回答書による原告の承認、(三)右各取引の入金票の不自然さ、(四)原告の地位及び証券取引の豊富な経験、(五)原告が本件訴訟前に被告会社担当者らに対して個人的取引であったなどと認めていたこと、(六)証券取引に絡んで鈴木と原告間で本件以外に不明朗な金銭授受があったことに照らすと、原告は、本件第二群ないし第四群取引に関する鈴木の行為が鈴木の被告会社内の職務権限に属さないことを認識していたものと認めるのが相当である。また、仮に右認識がなかったとしてもその点について少なくとも原告には重大な過失があったものと認めるのが相当である。

したがって、原告が被告会社に対して民法七一五条の使用者責任を求めることは許されない。

五  結論

以上によれば、原告の請求は、本件第一群取引についての預かり金一二八六万〇三〇一円、信用取引保証金四一四万一八〇〇円及びシュローダーワールドエマージングオープンコース(投資信託)の換金分三七一万五五七〇円の合計二〇七一万七六七一円並びに内金一七〇〇万二一〇一円に対する平成六年八月一六日から、内金三七一万五五七〇円に対する平成七年二月一八日から、各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、保護預かりしている別紙有価証券目録二記載の各株式の株券の引渡を求める限度で理由があり、その余の請求は、理由がないから、棄却することとする。

よって、主文のとおり、判決する。

(裁判官 齊木教朗)

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